第2章 サプライチェーンマネジメントの実践
2.4 SCM展開上の問題と対策
(7)会計の問題
問題1:個別原価計算
製造業におけるSCMとは「調達・生産・販売の活動を部門間・企業間で連動させ、モノの流れをスピードアップする」ことです。しかし、個別原価計算は、そもそもこういう考え方に基づいていません。生産部門だけの範囲で、製品アイテム別に、その評価額を算出します。そのために生産固定費の割掛け計算が行われます。そしてさらに1個あたりの原価が計算され、その1個あたりの原価が管理指標とされています。
たとえば、A製品100個とB製品100個を生産したとしましょう。生産固定費の総額は200万円です。製造にかかっている人数はA製品、B製品ともに10人で、人数に比例して生産固定費を割掛けします。変動費は、どちらの製品も1個あたり1万円です。 A製品、B製品ともに1個あたりの製造原価は2万円となります。
A製品を200個、B製品を100個生産した場合には、A製品の製造原価は1万5千円に下がります。B製品は2万円のままです。A製品とB製品が別の管理者が担当していた場合、A製品の管理者のほうが評価が高くなるでしょう。
問題は、こうした計算や評価が「売れるかどうかと無関係」に行われることです。A製品を200個作っても100個しか売れなければ、A製品は滞留して資金の停滞と陳腐化を招くだけです。
対策1:スループット会計
工場の評価尺度として個別原価を使うことは経営環境にマッチしていないことが殆どです。作れば売れるという売り手市場ならば個別原価を評価尺度としても良いでしょう。しかし、買い手市場ならば、一番重要視すべき評価尺度はスループットです。スループットとは、売上から材料費を引いた金額です。工場でも売上を基点にしたスループットを評価尺度にすべきです。
個別原価を使わない場合に問題になるのが、価格設定の問題です。個別原価が価格設定の基準になっていることが多いでしょう。個別原価に代わる基準が必要です。それがボトルネック工程1分あたりの固定費を使った計算です。工場がモノを産出するスピードは、ボトルネック工程で決まります。したがって売価が高く、ボトルネック工程での時間が短い製品ほど、儲けるスピードが速いということになります。もちろん作ったモノが売れることが前提ですが。
前述の例で、ボトルネック工程の稼働時間が500分だとしましょう。ボトルネック工程1分あたりの総固定費は4千円です。ボトルネック工程で、A製品を加工するのに、3分、B製品は2分かかるとすると、A製品1個あたりの固定費は1.2万円、B製品は0.8万円となります。変動費を合計するとA製品は2.2万円、B製品は1.8万円です。市場における製品の価格弾力性と、この金額を基にして売価を決定します。
問題2:損益計算
製造企業の決算会計では、損益計算は次のように行われます。例えば営業利益ならば、売上高から売上原価と営業費を差し引いて計算されます。売上原価は、期間に発生した総原価+期首製品在庫−期末製品在庫で算出されます。問題はこの計算です。ここでは、「期首の製品在庫はその期に売れる」「期末の製品在庫は翌期に売れる」という考え方に基づいています。
期末の製品在庫が翌期に売れるのであれば、この計算は妥当でしょう。しかし実際そうでしょうか。賞味期限が短い食品をはじめ、在庫で停滞しているモノが売れなくなる、あるいは安売りせざるを得なくなる例は、いくらでもあるでしょう。
在庫の影響を考えずに、決算会計上の損益数字だけで企業や経営者の成績を評価するのは危険です。売上と無関係に在庫を増やして、キャッシュが回収できる可能性を減らせば減らすほど損益数字だけは良くなります。
対策2:在庫の減損会計
この問題は古くから指摘されつづけてきました。しかしいまだに決算会計上の損益数字のみを重視する風潮が、まだ散見されます。「在庫は売れるもの」とした評価指標から、「在庫はリスク」という考え方に基づく評価指標に変えるしかありません。ところが損益の代わりになる具体的評価指標の決定版がないということが真の問題でしょう。
損益に代わる評価指標の第一候補はキャッシュフローです。国際会計基準では損益計算書・貸借対照表に加えてキャッシュフロー計算書を第3の決算書と位置付けています。在庫削減は、損益計算に対してマイナスの要因になります。一方、キャッシュフロー計算では、プラス要因です。それも大きなプラス要因となります。
キャッシュフローは現金収支に着目するので、慣れれば損益計算よりもわかりやすいでしょう。しかし、キャッシュフローだけを重視すると、長期視点での投資が抑制されるという弊害があります。
損益に代わる評価指標の第2候補は対策1と同様なスループット会計です。スループットを最重要の評価指標とし、在庫、総固定費をそれぞれ第2、第3に重視すべき指標とします。しかしスループット会計は、損益計算と見かけの違いが大きいので、評価指標として定着させようとすると関係者の抵抗が大きいでしょう。
評価指標の第3の候補は、減損会計です。損益計算の骨組みを変えずに、資産の目減りを損益に反映するしかけを導入します。減損会計は、有価証券の評価に導入されました。そして、固定資産や土地の評価にも適用が検討されています。これを在庫の評価にも拡張します。在庫を多くもつほど、所定の割合で評価損を計上するようにします。この方法ならば、損益計算の構造が大きく変わらないので、関係者の抵抗感は少なくなるでしょう。ただし、具体的にどういうルールで在庫の評価損を計上するかという研究が必要です。
問題3:販売予算・生産予算の独立
製造業で予算制度を持つ企業の場合、販売予算のほかに生産予算が立てられる場合があります。また、グループ企業内に販売会社、生産会社がある場合、それぞれが予算制度を持つことが通常でしょう。
販売予算と生産予算は整合していることが必要です。「売る計画」と「作る計画」が整合していなければ、在庫や欠品が発生します。総金額で整合していることが最低必要です。さらに、商品グループ別や商品アイテム別に予算を立ててそれが整合していることが理想です。
現実はどうでしょうか。予算策定時に販売部門と生産部門が調整して、総金額で整合させていることは多いでしょう。問題は実行にはいった時です。予算と実績が乖離しても、予算が見直される場合は少ないでしょう。上方修正は比較的速やかに行われますが、下方修正されることは稀です。筆者は、これを「予算のワンウエイクラッチ効果」と呼んでいます。
例えば、販売予算に対して実績が下回った場合、それがなかなか生産予算には反映されません。生産部門では最初に決めた予算に対しての遂行率で評価されることが殆どです。それが作りすぎを招くのです。
対策3:外売りに基づく評価
生産予算も「作れば売れる」という売り手市場が多かった時代の遺物でしょう。買い手市場を相手にしている企業ならば、生産高は需要や売上の従属物でしかありません。固定的な生産予算に対する達成率を生産部門の評価に使うと、弊害ばかりが多くなります。
生産予算に対する達成率や製造損益に代わる評価指標として、「部門スループット」といった考え方があります。「部門スループット」とは、売上高から生産部門での支出、つまり材料費と生産固定費を差し引いたものと定義します。そしてこれを最大化することを評価指標とします。グループ企業内で、販売会社と生産会社が分かれている場合には、グループ外への売上高(外売り)を出発点とします。
問題4:個人別の販売予算
販売予算の立て方には、個人やグループが立てた販売目標を積み上げる方法と、目標利益から設定する方法に大別できます。目標利益から設定する場合にも、それを個人やグループの目標に分解することが多いでしょう。
積み上げ方式の場合、個人やグループが立てた目標が甘くなる傾向があります。目標を立てた本人の主観によれば、その達成確率は80%から90%位でしょうか。企業外の環境に大きな変化がなければ、この確率で達成されるでしょう。そして確率法則から言えば、全体を合計した販売予算の達成確率は、さらに高くなります。言いかえると、高い確率で実績が予算を上回ります。
目標利益から出発して個人やグループの販売目標に分解した場合、個人にとって厳しい目標になる場合があります。例えば、個人の主観で「達成できる確率は20%位か」と思わせるような場合もあるでしょう。達成が難しいと思うと、やる気がなくなり、実際に達成できる確率は低くなるのではないでしょうか。そして全体の販売予算は、高い確率で未達成になるでしょう。
こうした販売予算に基づいて需給計画や生産計画を立てると、立てた時点でかなりの確率で外れることが予測できます。これが在庫増加や欠品の要因になるのです。
対策4:バッファ予算の設定
個人やグループの販売目標が持つ甘辛傾向を補正するために、バッファ予算を設定する方法が考えられます。全体目標を個人やグループに分配するのではなく、社長持ち・事業部長持ち・営業部長持ちなどのバッファぶんを設定するのです。個人別の目標達成確率が高い場合に、その上乗せぶんをを営業部長持ちや事業部長持ちの目標として設定します。バッファ予算によって、販売予算の達成確率を関係者がわかるようにするのです。
同様の考え方は販売予算だけでなく、経費の予算にも使えます。経費の予算も個人の申請を積み上げると甘くなる傾向があります。実際に予算が余ると、実績づくりために予算消化が図られます。このために不要不急な経費が使われるでしょう。これをバッファ予算で調整するのです。